宮川花子の浮気相手は高山知浩?病気・胃がん治療の家族愛エピソード

夫婦漫才コンビで有名な「宮川大助・花子」の宮川花子さん。胃がんの治療を初めた時、夫でもあり相方でもある宮川大輔さんは、宮川花子さんの帰ってくる場所を確保するために頑張ったエピソードは有名な話です。

宮川花子さんは浮気を記者会見で暴露して笑いに昇華しちゃったこともありますよね。今回はそんな宮川花子さんに関する内容を記事にしてみました。

宮川花子の浮気相手について/「高山」という人物

宮川花子さんが浮気?あまり聞いたことなかったのですが、実は疑惑をかけられた事があったようです。浮気相手は誰だったのでしょうか。

お相手は宮川大助花子さんの弟子に当たる方だそうで、後の宮川大助花子さん夫妻が記者会見で釈明する事態になったそうです。

その時、宮川大助さんが「おまえほんまにやったんか」と尋ねたのに対し、「やっちゃった。ハッハッハ」と応えるという、まるで漫才の延長のようなお二人の姿が話題になったようです。

実際のところはどうなのでしょうか。釈明というよりは漫才のネタのようにも思えますが、二人の仲の良さが更に分かるような記者会見にも思えます。

宮川花子さんの浮気相手として浮上しているのが、高山知浩さん。ベイブルースというお笑いコンビの元メンバーです。確かに、同じ職業同士の浮気ならありえますね。

逆に同業者と浮気された夫はなかなか心にくるものがあったのではないでしょうか。ご愁傷様です。

やはり同業者ということも合わせて、すぐにばれてしまったのですかね。同じ職業で、職場で顔を合わせそうな人を浮気相手に選ぶのはよろしくないかと思うんですが、不倫の魔力とは恐ろしいものです。

もっとも、宮川花子さんが高山知浩さんと本当に浮気をしていたかどうかは分かりません

しかし、高山知浩さんは過去に浮気しした事が妻にばれて、大変な事になったらしいです。この時の相手が宮川さんだったのでしょうか?

高山知浩さんが浮気していたことは間違いないようですが、その相手が宮川花子さんという確証はないようです。しかし宮川花子さん本人が浮気を認めている事もあるので、誰かと浮気していたことは確実っぽいです。

宮川大助さんの浮気

花子師匠は後に胃がんになってしまうのですが、その間に今度は宮川大助さんが浮気をしたのではないかという疑惑もあったりします。腹いせの気持ちも、もしかするとあったのかもしれませんね。

胃がんになったことで自分の人生に絶望を感じていた花子さんは、当時荒れていたそうで、夫婦関係もギクシャクしてしまったのでしょう。

しかしながら、何とか2人で危機を乗り越え、今も仲良くやっておられます。

宮川花子の病気と胃がん治療/偶然見つかった巨大腫瘍

●1988年10月 夫の大助さんの体調不良から、大助さん、花子さんと2人で検診を受ける。その際、花子さんの胃に腫瘍が発見される。

●1988年11月 花子さん、入院。手術を受け、その後3か月の入院生活を送る。

宮川大助さんの体調不良で、宮川花子さんの病気が見つかったとは強運の持ち主かもしれません。まだ宮川花子さんには症状が出ていない時だったのかもしれませんね。

胃がんは、偶然見つかった。そもそもは大助さんの体調が思わしくないことを心配した当時のマネジャーが半ば強引に2人を連れて行った検診だった。

そこで見つかった花子さんのピンポン玉大の腫瘍。本人にはポリープと告げられたその腫瘍摘出手術は、猛スピードで検診から1カ月後には行われた

ピンポン玉大の腫瘍?!それは大きすぎるでしょう。これで本人が気づいていないという事は、毎日の仕事が過酷だったのかもしれませんね。忙しすぎる毎日を送っているため、自分の病気の自覚がない方も多くいると聞いたことがあります。宮川花子さんもそうだったのかもしれません。1分1秒でも早く手術をした方が良い状況が伝わってきます。

「ポリープなんて年が明けてから手術すればいいやん、と言っても、誰もが『早くとって正月はハワイに行きましょう』の一点張り。そのうち乗せられて、そやなあ、ハワイ行きたいなあ、と」

もちろん、手術を急いだのは別の理由だ。とはいえ、年末年始はお笑い番組の掻き入れどき。正月番組の収録を数週間にまとめて一気に終わらせ、11月21日に入院。1週間後の28日には手術となった

それでも仕事を優先的に終わらせたのは、本人に胃がんと伝えていないからでしょうか。きっとポリープを摘出するという説明だったから本人も、年明けを臨んだんでしょうね。ハワイをえさに早めるとは、宮川大助さんも必死に考えたのではないのでしょうか。しかし仕事をしっかりと終わらせるところはさすがプロと思えます。

そして手術当日を迎えた。その日は毎週2人で出演しているラジオの生番組の日。大助さんは1人で出演するためラジオ局にいた。その大助さんに、花子さんはファックスを送っている。

~いつにも増して陽射しが強い今日。私は自分の身体にメスを入れようとしている。(中略)目が覚めたら貴方にそばに居て欲しい。小さな私の最後のお願いです~(『愛をみつけた』より抜粋)

とても良い話だと思いませんか。仕事で傍にいれない夫に贈った夫へのFAX。今と違って携帯電話すらない時代です。だからこそこのFAXには価値があると思います。考えてください、これがラインで送られたらどう思いますか。便利になったぶん日頃の感動する出来事が減ってきた、これを聞いてそう思いました。2人の絆が良く伝わってきます。

本人には告げられなかった“がん”。花子さんが術後の痛みと闘っているとき、花子さんの母や大助さんが心配していたのは、術後の病理検査の結果だった。それは転移の可能性の有無であり、つまり命の期限の宣告を意味する。どれほど長い1週間だっただろう。

1週間後、「99パーセント、転移の可能性なし」との医師の報告を聞いたとき、母は号泣した。花子さんに気づかれぬよう、洗面所で顔を洗いながら。

術後の痛みは相当のものです。本人もそうですがそばにいる人たちも、自分の無力さを知るときなのです。1週間という時間は、どんな時よりも長く感じたことでしょう。

母親は一番辛い思いをする時間と思います。号泣で喜ぶほどの感激、それも宮川花子さんに気付かれてはいけない、周りの気遣いが伝わってくるお話しです。

1988年当時、花子さんの体調不良によって、コンビの活動は一時休止。
花子さんは、胃の5分の1を取る大手術を受けますが、当のご本人は医師や家族からは、「良性ポリープ」とだけ聞かされていたそうです。

その背景には、夫・大輔さんが、花子さんに心配をかけまいと、花子さんのことを想い、医師からの告知を必死に隠し通していた…というエピソードがありました。

今と違い、まだ患者本人に告知をする考えが薄い時代でした。現代は告知をし、一緒に頑張ろうという考えが主流です。

心配をかけずに治療を行う事は、本人に向けての愛情なのかもしれません。良性ポリープと本人が思っているのならば、病室で心配な顔をすることも許されません。きっと周囲の人も大変だったことと思います。

結局、がんだとは誰も私に言いませんでした。退院後も、再発が心配される5年間も、その後も。だから、私もそこに乗っかってましたけど、今だから言います。気付かんわけないです。

あれだけ検査して、手術して、苦しんで。最初は言われた通りずっとポリープやと思ってたけど、いつとはなしに気付きました。

でもね、周りがあんなに必死で内緒にしてくれてるのに、そこを問い詰めてどないすんの。あんなに守ってくれてるんですよ。気付いたけど、がん?そやから何?でしたね」

そうですよね、気づかない訳ないです。それは知らずに出てしまう空気から察知してしまうと思います。しかし宮川花子さんが胃がんと気づいていても周りの話に合わせていた、この行動が周りへの感謝ともいえるのでしょう。

周りに守ってくれる人がいる、それだけで勇気があふれてくるのです。家族の仲良しな状況が良くわかる、そんなお話だと読んでいて感じました。

それから5年、花子さんと家族は、再発の不安と隣り合わせの日々を過ごした。花子さんは、あくまでも自身ががんとは知らないことになっていた。

けれど本当は気付いていた。知らないほうがいいだろうから言わない。わかっていたけど、言わないでいてくれる思いがわかるから問わない。互いを思いやるがゆえの心が、そこにはあった。

定期検査を欠かすことなく5年が過ぎたとき、それぞれが、それぞれの方法で安堵し、静かに喜んだ。

胃がんになった方はよくわかると思います。この5年間がいかに重要かという事が。互いが互いを気遣うこれが家族の姿なのかもしれません。重大な事が起きた時、お互いがどこまで相手を思えるかで、その家族の絆がわかると思います。

現代ならば完全に告知をするので、ありえないお話かもしれません。それでも現代のやり方で、相手を想う行動が出来るはずです。家族への思いやりを知ることができる、素敵なエピソードでした。

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