月曜から夜ふかしの名物AD「優しいジャイアン」こと保原倫久(やすはらのりひさ)さん。画像を見比べてみると、確かにジャイアンにそっくりです。

番組内では何でも硬いものが食べられる強靭な顎の力や、すべり台を騒ぎながら滑る様子で話題になっていました。

マツコさんにつけられた「優しいジャイアン」というあだ名が絶妙にマッチしていることから、度々番組内でいじられるようになり、認知度が上昇しました。

そんな優しいジャイアンは、実はすでにADを退職されています。本人の夢を叶えるために、退職を決意したそうです。優しいジャイアンの現在の状況を追ってみました。

優しいジャイアン・保原倫久の現在

出典:Amebaブログ

優しいジャイアンこと保原倫久さんは、飲食店開業の夢を追って「時たらず」という恵比寿・広尾にある江戸懐石酒場に転職していました。料理人にジョブチェンジしていたのです。

2019年時点の情報であり、現在も「時たらず」で勤務中なのかまでは分かりませんでした。もしかしたら、既に自分のお店を持っているかもしれません。

突然ADを辞めることを知ったマツコさんは驚いていましたが、夢の実現のために一歩を踏み出していたのです。

月曜から夜ふかしでは、マツコさんの「何年後をめどに考えてるの?」という質問に対し、「3~4年後」と答えていました。

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焼肉店でアルバイトをしている姿も目撃されており、開業資金を貯めるために奔走していました。

当時で34~35歳くらいなので、40歳になる前に叶えるために、このタイミングで踏み出そうと決意したのかもしれません。

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開業資金たまってないならADやり続けてお金貯めればいいのでは…?と思った方も多いかもしれません。ADを辞めた理由は、いくつか考えられます。

ADを辞めた理由①給料の低さ

ADは給料が低いことで知られています。

もちろん出世をしてディレクター、プロデューサークラスになれば随分と収入は違ってくると思いますが、ADの間はなかなか経済的には恵まれているとは言い難いです。

また時間的拘束も異常に長いです。時間的拘束が長かったとしても、それなりに給料に反映されて懐が温かくなるならまだしも、そうとも言い難い状況だったのかもしれません。

「開業資金を貯める」という目標が出来れば、それがいくらなのかはっきりと明確になっているはずです。逆算して、このままAD生活を続けていても届かないと思った可能性もあります。

時給換算したらADで正社員やってるよりも、焼き肉屋のアルバイトの方が高いということはザラです。

ADを辞めた理由②経験値が将来に紐づかない

将来の夢が「飲食店経営」と定まったのであれば、ADとしての経験が直接役立つとは考えにくいです。

もちろん、ADとしてのコンテンツ制作能力や取材能力、企画能力が転じて、自分のお店を持った時にその宣伝や広告、マーケティングをする際に力を発揮することはあり得ると思います。

しかし、直接的に飲食店経営・運営能力に過去のADとしての実務経験が役立つのかといわれれば、微妙です。その期間、飲食店従業員として働いてきた人の方がスキルがあるに決まっています。

自分が今やっている仕事が、将来の目標にほとんど関係ないと気づいた時に、現在の仕事にモチベーション高く取り組み続けられる人は稀有だと思います。普通はやる気がなくなります。

どの道お金が貯まればいずれ辞めてしまうのであれば、将来の夢に役立つ仕事をしておきたいと考えるのは当然です。

「焼き肉屋のアルバイト」というと、高校生でも出来るバイトだと馬鹿にされることもあるかもしれませんが、飲食店開業をしたいと思っている優しいジャイアンさんにとっては、夢へ近づくための非常に合理的な選択だと思います。

優しいジャイアンのプロフィール

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本名保原倫久(やすはらのりひさ)
生まれ年1983年頃?
学歴高卒
備考実家は八百屋
代表的な企画危険な滑り台、硬いお菓子選手権
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特に優しいジャイアンさんが有名になった企画は、「危険な遊具を調査してみた件」です。日本各地にある凶暴な滑り台を滑りに行く企画で、保原さんのリアクションが面白く、人気のコーナーでした。

長すぎる滑り台や、急すぎる滑り台、着地点が狭すぎる滑り台などなど…様々な滑り台を滑っては、視聴者を笑わせてくれました。

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その他にも、「硬いお菓子選手権」で硬いはずのお菓子を割と軽々と粉砕してかみ砕いている様子を披露して、視聴者を沸かせてくれたこともありました。

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