TBS「ギミア・ぶれいく」で、1990~1995年まで放送されていた特集、「徳川埋蔵金大発掘」を覚えていますか。赤城山にユンボを持ち込んで、大がかりに埋蔵金を探しまくっていた番組です。

親子3代に渡って埋蔵金発掘に命をかけていた水野家が協力し、かなり有名でしたが、現在はどうなったのかご存じでしょうか。

徳川埋蔵金「ギミア・ぶれいく」の紹介動画

赤城山の場所

徳川埋蔵金を探し続け親子三代、水野家の現在

水野家一族(初代智義、2代目義治・愛三郎、3代目智之)は、明治時代から現在まで徳川埋蔵金の発掘のために、自費で取り組みを続けてきた方々です。

徳川埋蔵金は、江戸時代に朝廷に政権を返した徳川家幕府が、いつかの復興資金のために赤城山に隠したといわれる莫大な資産のことです。現在価値で200兆円ともささやかれる埋蔵金は本当に存在するのか…?当時は非常に話題になりました。

気になる徳川埋蔵金は、残念ながらいまだに見つかっておりません。

事業に成功し大金を得ていた初代「水野智義」

水野家初代の智義さんが生まれたのは、幕末の激動の時代。薩長の戦いに参加し各地を転々としていました。義父の中島蔵人(公儀勘定吟味役という幕府の要人)から、智義さんは徳川埋蔵金の話を聞いていたそうです。埋蔵金の手がかりを蔵人から手紙で受け取り、発掘事業を行うことを決意しました。

智義さんは当時、商売に大成功して豪商になっていたので、その財力を使って、大きな事業として発掘と研究を行いました。ミーハーな気持ちや邪な気持ちではなくて、すでに経済的に満たされた人物だからこそ、世の中に貢献するための事業として真剣に取り組んでいました。高い理想を持って、国のために動いていたのです。

ついに手がかりを発見するも、亡くなってしまう

明治23年に家康像を発掘、そして近くの寺で銅板の地図も発掘しました。この地図は、埋蔵金の場所を示す大きな手掛かりといわれましたが、なんと初代はここで亡くなってしまいます。

黄金の家康像

このとき発掘されたといわれる黄金色の家康像は、実は現在行方不明になっています。水野氏が詐欺に遭い、盗られてしまったそうです。発掘した現場は、源次郎の井戸付近とのことですが詳細は不明です。現在は真鍮の像がなぜか手元に残っているそう。

灯明皿は知人の女性に?

黄金の家康像と一緒に井戸から発見されたとされる皿(灯明皿)には、不可解な文章が刻まれていて、埋蔵金の手がかりではないかと考えられました。「子ニ四芝下炭」などと書かれていて、その意味はよく分かっていません。こちらの発掘物も現在水野家の手元にはなく、どうやら2代目が知人の女性にあげてしまったと噂されています。おいおい…。

資材購入台帳

関連する手がかりとして挙げられる「萬四目上覚之帳(よろずしめあげおぼえのちょう)」は、資材購入の台帳です。前橋藩士・松村竹二郎ら数十人の武士が、領民100人以上を動員して何らかの作業を行っていたそうです。その際の台帳が残っており、初代はこれを手掛かりとして苦労して手に入れたそうです。

2代目「水野義治」が初代の意思を受け継ぐ

初代の長男だった義治さんが、2代目として埋蔵金発掘事業を受け継ぎます。昭和50年頃まで行いました。

昭和13年には、当時の内閣関連要人の後藤隆之助と協力して、軍人の力を借りながら、国のプロジェクトとしても進められていました。本当に埋蔵金があるのであれば、国家事業として取り組むべきだからです。しかし、それでも見つかりませんでした。

直径20mの石灰で出来た亀

昭和7年に、2代目義治は巨大な石灰でできた亀を発見しました。家康の墓(日光東照宮奥宮)の前にも亀の銅像が配置されており、何らかの関係があるのではないかと考えられました。

3代目「水野愛三郎」に受け継がれる

3代目水野さんの時代に、ドキュメンタリー番組が多数放送されました。糸井重里さんをリーダーとして、ショベルカーやユンボを山に持ち込み、発掘作業を行いました。「ギミア・ぶれいく」はかなりの高視聴率で人気の番組でしたが、徳川埋蔵金が見つかることはありませんでした。番組にはもちろん水野さんも参加しています。

「あたえられるか否か」徳川埋蔵金120年の挑戦

徳川埋蔵金発掘のドキュメンタリー映画も放映されました。2006年に公開され、かなりの人気を博しました。3代目水野さんもこちらに出演されています。AmazonでDVDが販売されているので、気になる方は探してみてください。

まだ2代目義治さんが存命だった頃、愛三郎さんと一緒にラジオ番組に出演されたことがあります。「埋蔵金が出てきたらどうしますか?」の問いに愛三郎さんは、このように述べています。

「黄金を前に大泣きする。そして、持ちつけない奴が持つと不幸になるので、気をつける」

ちなみに父の義治さんは、今頃出てきやがってという気持ちで

「黄金を蹴り倒す」

と答えたそうです。

4代目は継がず?現在は有志の方々が続けている

愛三郎さんには息子さんがいますが、4代目として活動されている話は聞きません。現在は水野家としては発掘事業を続けていないものと思われます。有志の方々が、発掘プロジェクトを続けてくださっているようです。

初代の情熱から始まり、途中で多くの人、そして国までも巻き込み、100年以上も続けられてきましたが、いまだに徳川埋蔵金は見つかっていません。2代目、3代目の水野さんは世間から指を差され、あきれられたり、心ない言葉をかけられることもあったそう。それでも意思を貫きここまで夢を見続けるロマンは素敵です。

色々とあって、4代目の方は継いでいる様子はありませんが、いつか遠い未来にでも、発掘された黄金を見てみたいものです。

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